Opus · 松尾芭蕉

奥之细道

1702 · 纪行文

冒頭

月日は百代の過客にしてゆきかふ年も又旅人なり。舟の上に生涯をうかべ馬の口とらへて老をむかふるものは日〳〵旅にして旅を栖(すみか)とす。古人も多く旅に死せるあり。

予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず海浜にさすらへ、去年の秋江上の破屋に蜘のふるすを拂ひてやゝ年もくれ春立る霞の空に白川の關越んとそゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまねきにあひて取物手につかず、もゝひきの破れをつゞり笠の緖付かへて三里に灸すゆるより松島の月先心にかゝりて、住る方は人にゆづり杉風か別墅に移るに。

草の戶も住かはる世はひなの家

おもて八句を庵の柱にかけおき、彌生も末の七日明ぼのゝ空朧々として月は有明にて光おさまれる物から、不二の峰幽にみへて上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそし。

むづまじきかぎりは宵よりつどひて舟にのりて送る千住といふ所にて舟をあがれは、前途三千里のおもひ胸にふさがりて幻の巷に離別の泪をそゝぐ。

行春や鳥は啼き魚の目は泪

是を矢立の初めとして行道猶すゝまず、人々は途中に立並びて後影のみゆる迄はとみ送るなるべし。ことし元禄にとせにや奧羽長途の行脚たゝかりそめに思立ちて、吳天に白髮の恨を重ぬといへども耳にふれてはいまた目にみぬさかひ、若生きてかへらばと定めなきたのみの末をかけ、其日漸く早加といふ宿にたどり着にけり。

草加

瘦骨の肩にかゝれる物先くるしむ、たゝ身すからにと出立侍るを紙子一重は夜のふせぎ、ゆかた雨具墨筆のたぐひあるはさりがたき餞などしたるはさすがに打舍がたくて路次のはづらひとなれるこそわりなけれ。

室の八島に詣す。同行曾良が云く、此神はこの花さくやひめの神と申て富士一躰なり。無戶室に入て燒給ふちかひのみ中に火火出見の尊生れ給ひしより室の八島と申す。又けふりをよみ習し侍るもこの謂也。はたこのしろといふ魚を禁ず。緣記の旨世につたふ事も侍るなり。

日光

三十日日光山の麓に泊る。あるじの云けるやう、我名を佛五左衞門といふ。萬正直を旨とする故に人かくは申侍るまゝ一夜の草の枕もうちとけて休み給へと云ふ。いかなる佛の濁世塵土に示現してかゝる桑門の乞食順禮ごとき人をたすけ給ふにやと主のなすことに心をとめてみるに、たゞ無智無分別にして正直偏固のものなり。剛毅木訥の仁に近きたぐひ、氣稟の淸質尤尊ぶべし。

卯月朔日御山に詣拜す。徃昔此御山を二荒山とかきしを空海大師開基の時日光と改給ふも千歲未來をさとり給ふにや。今此御光一天にかゞやきて恩澤八荒にあふれ國民安堵の栖穩かなり。猶憚多くて筆をさし置ぬ。

あらたふと靑葉若葉の日の光

黑髮山はかすみかゝりて雪いまだ白し。

剃すてゝくろかみ山に衣かへ  曾良

那須

曾良は河合氏にして惣五郞と云り。芭蕉の下葉に軒をならべて予か薪水の勞をたすく。このたび松島象潟の眺めともにせん事を悅び、かつは羈旅の難をいたはらんとたびだつ曉髮を剃て墨染にさまをかへ、改て惣五を宗悟とす。よりて黑髮山の句有り。衣かへの二字力ありて聞ゆ。

廿餘町山を登て瀧あり。岩洞の頂より飛流して百尺、千巖の碧潭におちたり。岩窟に身をひそめて瀧のうらよりみれはうらみの瀧と申傳へ侍る也。

しばらくは瀧に籠るや夏の初

那須の黑羽といふ所にしる人あれば、これより野越にかゝりて直路を行んとす。遙かに一村を見かけて行に雨ふり日くるゝ農夫の家に一夜をかりて、明れば又野中を行。そこに野飼の馬あり、艸刈おのこに歎ぎよれば野夫といへどもさすがに情しらぬにはあらず。いかゞすへきや。されども此は縱橫にわかれてうね〳〵敷旅人の道ふみたかへんあやしう侍れは此馬のとゞまる所にて馬をかへし給へとかし侍りぬ。ちひさきものふたり馬の跡をしたひてはしる。獨は小姬にて名をかさねと云。聞なれぬ名のやさしかりければ。

かさねとは八重撫子の名なるべし

雲巌寺

當國雲岸寺のおくに佛頂和尙山居の跡あり。

たてよこの五尺にたらぬ草の庵
むすぶもくやし雨なかりせば

と松の炭して岩にかきつけ侍りと聞へ給ふ。其跡見んと雲岸寺に杖をひけば人にすゝんでともにいざなひ、若き人多く道の程うちさわぎて覺へずかの麓に至る。

山はおくあるけしきにて谷道遥に松杉黑く苔したゝりて卯月の天今猶寒し。十景つくる所橋を渡て山門に入る。扨かのあといづくの程にやと後の山によぢのほれは石上の小庵岩窟にむすびかけたり。妙禪師の死關法雲法師の石室を見るが如し。

木啄も庵はやぶらす夏木立

と取あへぬ一句を柱に殘し侍し。

殺生石・遊行柳

是より殺生石に行く。舘代より馬にて送らる。此口付のおとこ短尺得させよと乞ふ。やさしき事を望み侍るものかなと。

野を橫に馬引むけよ郭公

殺生石は温泉の出る山陰にあり。石の毒氣いまだほろびす蜂蝶のたぐひ眞砂の色の見えぬほどかさなり死す。亦淸水ながるゝの柳は蘆野の里に有て田の畔にのこす。此所の郡守戶部某の此柳みせばやなど折〳〵にの給ひ聞へ給ふをいづくの程にやと思ひしを今日此柳のかげにこそ立より侍りけれ。

田一枚うへて立さる柳かな

白河の関

心もとなき日數かさなるまゝに白川のせきにかゝりて旅心定りぬ。いかで都へと便り求めしもことわりや。中にも此關は三關の一にして風騷の人心をとゝむ。秋風を耳にのこし紅葉を俤にして靑葉の梢猶哀なり。卯花の白妙に茨の花の咲そひて雪にもこゆる心地そする。古人冠を正し衣裝を改めし事など淸輔の筆にとゞめ置れしとぞ。

卯花をかざしに關の晴着哉  曾良

仙台・宮城野

とかくして越行くまゝにあふくま川をわたる。左に會津根高く右に岩城相馬三春の庄ひたち下野の地をさかひて山つらなる。かげ沼といふ所を行にけふは空くもりて影うつらず。すか川の驛に等窮といふものを尋て四五日とゝめらる。

先白河のせきいかに越つるやと問ふ。長途の勞身心くるしく、風景に魂うばはれ懷舊に腸を斷てはか〳〵しうおもひめくらさず。

風流のはしめやおくの田植うた

松島

抑事ふりにたれど松島は扶桑第一の好風にして凡洞庭西湖をはぢず。東南より海入て江の中三里浙江の潮をたゝゆ。島々の數を盡して欹ものは天を指ふすものは波に圃匐あるは二重にかさなり三重にたゝみて左にわかれ右に連る負るあり抱あり兒孫を愛するがごとし。松のみどり濃に枝葉汐風に吹たはめて屈曲をのづからためたるがごとし。其けしき窅然として美人の顏を粧はふりつむ雪の下に埋れて春をわすれぬ遲ざくらの花の心わりなし。

松島や露に身をかれ時鳥  曾良

平泉

三代の榮耀一睦のうちにして大門のあとは一里こなたに有り。ひでひらが跡は田野に成て金鷄山のみ形を殘す。先たかだちにのぼれば北上川南部より流るゝ大河也。衣河は和泉か城をめぐりて高舘の下にて大河に落入る。

國破れて山河あり城春にして草靑みたりと、笠うち敷て時のうつるまで泪を落し侍りぬ。

夏草や兵どもが夢の跡
卯花に兼房みゆる白毛哉  曾良

兼て耳驚したる二堂開帳す。經堂は三將の像をのこし光堂は三代の棺ををさめ三尊の佛を安置す。七寶ちりうせて玉の扉風にやぶれ金のはしら露霜に朽て既頽廢空虛の叢と成べきを、四面新に圍て甍を覆ひて風雨を凌ぎ暫時千歲のかたみとはなれり。

五月雨のふりのこしてや光堂

尿前の關

南部道遥にみやりて岩手の里に泊る。小黑崎みつの小島を過てなるこの湯より尿前の關にかゝりて出羽の國にこへんとす。此道旅人まれなる所なれば關守にあやしめられて漸として關を越す。

のみしらみ馬の尿する枕もと

最上川

大山をのぼつて日すでにくれければ封人の家をみかけて舍を求む。

凉しさを我宿にしてねまる也
這出よかひやか下の蟾の聲
まゆはきを俤にしてべにの花
蠶飼する人は古代の姿かな  曾良

もかみ川はみちのくより出で山形をみなかみとす。こでん隼などいふおそろしき難所有り。板敷山の北を流てはては酒田の海に入る。左右山覆ひしげみの中に船を下す。

五月雨をあつめて早し最上川

立石寺

山形領に立石寺といふ山寺あり。慈覺大師の開基にして殊に勝閑の地なり。一見すべきよし人々のすゝむるによつて尾花澤より取てかへし其間七里許なり。日いまだくれず麓の坊に宿かり置て山上の堂に登る。岩に巖を重て山とし松柏年ふり土石老てこけなめらかに岩上の院に扉を閉て物の音聞へず。岸をめぐり岩を這て佛閣を拜し佳景寂寞として心すみ行のみ覺ゆ。

閑さや岩にしみ入せみの聲

象潟

江山水陸の風光數をつくして今きさかたに方寸をせめ。酒田のみなとより東北の方山をこへ磯を傳ひ砂をふみて其際十里。日影やゝ傾く頃汐風眞砂をふき上もうろうとして鳥海の山かくる闇中に莫作して雨も又奇也とせば雨後の晴色又たのもしと蜑のとまやに膝を容て雨のはるゝを待つ。

象潟や雨に西施かねぶのはな
汐越や鶴脛ぬれて海涼し
象がたや料理何くふ神祭  曾良

加賀・越前

尾花澤淸風と云者をたづぬ。かれは富める者なれ共志いやしからず。都にも數〳〵かよひてさすがにたびの情をも知りたれは日頃とゝめて長途のいたはりさま〴〵にもてなし侍る。

一家に遊女も寢たり萩と月

曾良は腹をいたみていせの國長島といふ所に先立て行くに。

行〳〵て倒れふすとも萩の原  曾良

けふよりや書付けさん笠の露。

大聖持の城外全昌寺といふ寺に泊る。猶加賀の地也曾良も前の夜このてらにとまりて。

終夜秋風きくやうらの山

と殘す。

大垣

蛤のふた見にわかれ行秋ぞ。


版本说明

底本: 三宅邦吉 著『新釈奥の細道』, 籾山書店, 明44年7月. 国立国会図書館デジタルコレクション: info:ndljp/pid/888916/1/6

本作品于1702年(元禄15年)出版。作者松尾芭蕉于1694年去世,作品在全球所有辖区均已进入公有领域。

Wikisource 本: https://ja.wikisource.org/wiki/おくのほそ道

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